患者からの不当な要求への対応
患者やその家族は、疾患や治療について大きな不安を抱え、精神的にも不安定な状況であることもあり、少しのきっかけから医療機関に対するクレームに発展することが多いかと思います。
患者側から、「自分を優先的に診察(治療)してほしい。」「診療時間が短すぎる。」「処方された薬を飲んだせいでうつ病を発症した。」といったようなクレームを受けたことはないでしょうか。クレームにとどまらず、暴言を吐かれたり、危害を加えることをほのめかされたこともあるかもしれません。
患者側の主張が正当なものであればもちろん真摯に対応する必要がありますが、不当な要求や執拗かつ強固な態度で行われる要求のすべてに誠意をもって対応し、説得しようと努力すると、心身を病んでしまい、休職や退職にまで追い込まれてしまうことにもなりかねません。そのため、不当な内容・態様で行われる要求に対しては、早期に適切な対処を行う必要があります。
1 医療機関が負う法的責任と不当な要求について
医師法19条1項・歯科医師法19条1項は、「診療に従事する医師(歯科医師)は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と規定しており、医師は法律上応招義務を課されています。
しかし、以下に引用するように、診療時間外での診療を拒絶したケースや、患者からの暴言・暴力があったケースなど、診療を拒む「正当な理由」があると判断された裁判例もあります。不当な診療要求に対して強い態度で臨むためには、診療を拒む「正当な理由」があるかどうかの見極めが重要です。
(1)名古屋地判昭和58年9月30日判タ519号221頁
事例:
手術後の患者から、皮下溢血などの症状により診療の要望を受けたが、休診日であったことを理由に診察を拒否した事例。
裁判所の判断:
裁判所は、医師が休診日や診療時間外にも応招義務を負うものとすると、医師に対し年中無休の無限定の義務を負わせることとなり実際的でないことから、「医師といえども、一般の祝祭日または休日などの休診日あるいは診療時間終了後においてまで常に通常の診療 時間帯と全く同程度の診療業務に就くべき義務を負うわけではない。」としました。そして、継続的に治療を施している入院患者からの要求があった場合や急患の場合を除いては、「医師が当該患者の身体状況を把握しており、診察申込の内容が、医学的見地からして、直ちに診療治療をするまでもないと判断できるときは、」業務を停止していたこと(休診日であること)を理由に診察を拒絶したとしても、この拒絶には正当理由があったと認められるものとし、本件の患者の症状を考慮した上、医師に応招義務の違反はないと判断しました。
(2)東京地方裁判所平成27年9月28日
事例:
精神疾患のため精神・神経科において治療を受けていた患者とその主治医の関係において、以下のような経緯があったため、主治医が他の医師への紹介状等を作成し、その後の当該患者への診察を拒んだ事案。
・患者が他の医師の診察を受け、主治医に対し、他の医師について「素晴らしかった」と述べるようになった。
・主治医が属する病院の患者相談窓口に架電し、主治医や病院職員の対応につき不満を述べるとともに、様々な要求を繰り返すようになった。
・事前の連絡なく主治医の診察に患者相談窓口の担当者を同席させようとし、主治医に断られたところ、カルテに貼付されていた連絡票を破って診察室から出て行った。
裁判所の判断:
裁判所は、本件における患者の対応から、診察・診療行為に必要とされる患者と医師との信頼関係がなくなっており、診療行為を継続することに治療上の問題があると判断せざるを得なかったことが認められるとしました。そして、「被告病院において、やむを得ない措置としてされた診療拒絶には正当な事由があるといわざるを得ない」とし、医師の義務違反を認めることはできないものと判断されました。
(3)東京地方裁判所平成28年9月28日
事例:
歯の矯正治療中、患者が矯正医に相談なく他院を受診したことをきっかけに、矯正医と患者が治療方針等を巡ってつかみ合いのトラブルになった事例。矯正医が治療を中止し、他の医院への紹介状を患者に渡したところ、矯正医から一方的に暴言を吐かれ、治療を放棄されたとして、患者が矯正医に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。
裁判所の判断:
裁判所は、本件トラブルの際に患者から「若いときから先生とか言われているから勘違いしているのだろう」という趣旨の発言があったこと、矯正医と患者との間で以前にも同様のトラブルがあったこと、患者からの治療費の支払が遅れることがあるなど、治療費をめぐるトラブルも発生していたことなどを踏まえて、遅くとも本件トラブル当時には、医院と患者との信頼関係は相当程度失われていたものとしました。そして、「患者と医療機関との間の信頼関係は診療行為の前提となるものであるところ、原告と被告との間のトラブルの経過、態様等を総合すると、A歯科医師が、原告との間で再び同様のトラブルが生ずることを避けるために、原告に対する矯正治療を継続することは困難であると判断し、これを拒否したことはやむを得ないことであったといわなければならない。」とし、医師に義務違反を認めることはできないものと判断されました。
(4)東京地方裁判所平成29年2月9日判タ1444号246頁
事例:
インプラント治療中の患者が、治療期間が期待よりも長引いたことに不満や苛立ちを覚え、歯科医院の職員に対し、「私がそういう話で契約したんだから,やれよ」「最初の時に出来ると言ったことがなぜ出来ないの!!?サギじゃん!!!」「プライドもってやって下さい。△△の社長に,『おたくの載せてる歯医者こんなことやってます』って言ってやろーか」等の暴言を繰り返した事例。担当医が、当該患者に対し、コミュニケーションが取れないことを理由として治療の終了を通告し、今後電話や来院があっても診療を拒否することを決定したところ、患者が担当医に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。
裁判所の判断:
裁判所は、当該患者の言動により、医師との間の信頼関係が破壊されていたと認められることや、治療が予定していた最終段階まで実施されていたこと、支払いを拒否する合理的な事情うかがわれないのに、患者が治療費の支払を拒否することが複数回あったことなどから、診療拒否には「正当な理由」があるものと認め、患者から担当医に対する損害賠償請求を認めませんでした。
以上のように、応招義務が問題となるような場合以外でも、他の医療機関において受けた治療に関するクレームを受けた場合や、患者が重要な事項について説明を受けていないと主張しているが、病院側にはきちんと説明した記録が残っているといった場合もあるかと思います。
本来責任を問われるべきでない事項であったとしても、不用意に解決金等を支払うと約束してしまったり、謝罪文を書いてしまったりすると、後になって撤回や修正をすることが極めて難しくなってしまうこともあります。
このような場合には、直ちに謝罪や金銭の支払いをするのではなく、誤解が生じている部分を正しく説明し、法的責任がないことをきちんと主張する必要があります。
2 考えられる対応方法
患者からの不当な要求があり、医療機関側から患者側への説明・説得のみでは解決できなかった場合の対応については、以下の手段が考えられます。
①不当な要求をやめるよう求める書面を送付する
事実関係や法的主張を冷静に整理できることや、患者に対する説明を尽くしたと証明する資料とできることから、書面により不当な行為の停止を求めることは重要です。また、弁護士から書面を送付することで、おおごとになると煩わしいとの認識が生じるためか、要求自体が止む事例が多くあります。
②弁護士に対応を一任する
弁護士に対応を依頼した上、連絡は全て弁護士宛てにするよう伝えることで、医療機関が対応に時間や人手を割く必要がなくなるほか、法的に不当な要求が停止される可能性があります。
③警察に対応を依頼する
大きな荷物を持っていることを強調して不当な要求を繰り返す、服のポケットに手を入れて不当な要求を行うなど、患者側が凶器を持っていることをほのめかしながら対応を強要するような場合には、直ちに警察に相談し、対処を求めることが必要となります。
④面談の強要や架電、病院への立ち入りの禁止の仮処分を申し立てる
不当な要求をやめるように求めるために裁判をしようとすると、判決が出るまでに相当程度時間を要することとなります。仮処分により、裁判所から、暫定的に必要な措置を命じてもらうことも考えられます。
⑤訴訟(債務不存在確認請求、損害賠償請求)を提起する
病院側に責任がないようなことを理由として金銭を要求してくる場合には、裁判所に、その請求には法的根拠がないものであると示してもらうため、債務不存在確認請求訴訟を提起することが考えられます。また、不当な要求により一時診療を停止する必要が生じた場合や、本来必要のないはずであった対応に相当の時間・人手を取られた場合には、これにより病院側が被った損失につき損害賠償訴訟を提起することもあり得る手段です。
3 インターネット上のクレームについて
クレームは、対面でなくても、グループマップの口コミ欄やSNS等、インターネット上で行われることもあります。そして、インターネット上の投稿は、直ちに世界中で閲覧可能となり、事実無根の投稿であっても、それにより患者数や患者からのイメージが悪くなるおそれがあります。悪い噂が広まり、地域住民の信頼を失うようなことになれば、医療機関の経営は立ち行かなくなる危険もあるかと思われます。
このような場合には、投稿の削除を請求したり、書き込み行った人物を特定した上で再発防止策(損害賠償請求、刑事告訴等)を講じるといった対応を早期に検討することが必要となります。
4 まとめ
以上のように、患者からのクレーム対応に当たっては、早期の対応が必要となる上、法律上の義務の存否が問題となったり、法的手続を検討せざるを得ない場合が少なくありません。
弊所では、患者からのクレーム対応についてもご相談をお受けしております。
患者からの執拗な要求にどう対応するのが適切なのか判断がつかない、患者側のクレームがそもそも正当なものであるかも分からないといった場合には、ぜひご相談ください。