医療事故・医療過誤への対応について
目次
1 はじめに
日本医療安全調査機構のレポートによれば、同機構に報告された医療事故の件数は、1か月あたり30件(ほぼ1日に1件当たりのペース)起きているとのことです。
報告されなかった事例やヒヤリ・ハット事例があることを考えれば、毎日全国どこかしたらで医療事故が起きてしまっているともいえるでしょう。
いくら気を付けてもミスというのは起きてしまうものです。
では、もし医療事故が起きてしまったらどうすればよいでしょうか。
医療事故が起きた場合には、当然ですが、医療事故の被害を最小限にするための対応(二次被害を防ぐ)ことになります。
そのうえで、医療事故の原因を調査し、再発防止策を立てていくことになります。
対応にあたって特に重要なのは、患者への対応となります。
患者は、医療事故の原因が、医療機関側の責めに帰すべき事由にあるとして、医療機関側に対して損害賠償請求をしてくる可能性があります。
患者にはどのように接していくべきでしょうか。
2 初動対応(見立てを立てること)
医療事故が起きたときに、その医療事故の原因について調査する(=勘所を見つけておく)ことが大切です。
仮に、医療従事者のミスなど医療機関側に責めに帰すべき事由があることが明らかなのであれば、患者には丁寧に謝罪しつつ、医師損害賠償保険の利用を視野に進めていって紛争化しないように心がけるべきです。
逆に医療従事者のミスではなく、患者側の思い違いであることが明らかであれば、患者には丁寧に対応することは大切であるにしろ、自分の責任を認めるかのような謝罪をさけるべきです。
悩ましいのはこれらの中間的な事案であり、多くの事例がこの中間的な事例に位置するかと思います。
いずれにしろ医療事故の原因について見立てを立てておくことは、その後の対応を考えるためにも重要なことです。
また見立てを立てるためにも、弁護士が役に立つと思いますので、医療事故が起きた瞬間に弁護士に相談いただければと思います。
3 法的責任が生じる場合について
(1)医療過誤となるケースについて
そもそもどのような条件があれば、医療過誤となって医療機関側が責任を負うのでしょうか。
裁判所はいわゆる「医療水準論」という考え方で判断していると考えられています。
具体的には以下のようなものです。
- 人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照し、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求される(昭和36年2月16日判例時報1039号66巻、梅毒輸血事件)。
- 注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準(昭和57年3月30日判例時報1039号66巻、日赤高山病院未熟児網膜症)
- この臨床医学の実践における医療水準は、全国一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく、診療に当たった当該医師の専門分野、所属する診療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられる(最判平成7年6月9日(民集49巻6号1499頁)
- 医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない(最判平成8年1月23日民集50巻1号1頁、腰椎麻酔ショック事件)
ここでいう「最善の注意義務」に満たさない行為をした場合には、医療機関側が法的責任を負うこととなります。
ポイントとなるのは、「臨床医学の実践における医療水準」とは何かということです。
医療水準を考えるにあたっては、問題となった治療法が、どのフェイズにあるのかが問題となります。
例えば、研究成果が政府の研究書で発表されている段階では、治療法として実践されつつあるといっても、直ちに当該治療方法がなされなかった(=その治療方法ができる病院に転院させなかった)ことをもって注意義務違反となるわけではありません。
ただし、医療慣行と医療水準は一致しない(=医療慣行を実践していれば、医療水準を満たしたとはいえない)ので、要注意です。
(2)説明義務違反について
(1)で述べたのは、患者が死亡してしまったり、何らかの傷害が生じたといった損害が実際に物理的に生じた場合ですが、医療機関側が法的責任を負う場合とは、これに限られません。
一つは説明義務違反です。
医師は、診療契約に基づき、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があるとされています(最判平成13年11月27日民集55巻6号1154頁)。
手術にあたっては、当該手術のリスクについての説明はもちろん、他の考えられる治療法も紹介し、その利害得失について説明する必要があります。
言った言わないという紛争が生じる可能性がありますので、説明したこと、患者から同意を得たことについては書面にしておくことが無難でしょう。
もう一つは、人格権の侵害です。
判例において、患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならず、医師がほかに救命手段がない事態に至った場合には輸血するとの方針を採っていることを説明しないで手術を施行して輸血をした場合には法的責任を負うとされています(最判平成12年2月29日民集54巻2号582頁、宗教的理由による輸血拒否訴訟)。
患者がどのような意思を有しているか確認し、手術内容について同意を得て書面にしておくことがよいでしょう。
4 法的責任の内容―損害賠償の金額について
3で述べたことに基づいて医療機関側が法的責任を負うとして、具体的にどのような損害賠償を負うのでしょうか。
(1)逸失利益
まず、死亡してしまった場合には、親族に対して損害賠償責任を負うこととなります。
逸失利益といい、生存していたならば得られた利益が損害の内容となります。逸失利益の計算については、生活費控除後の基礎収入額に、就労可能年数に対応した中間利息控除係数(ライプニッツ係数等)を乗じて算定します。
生活費が控除されるのは、死亡する場合は、制遣費がかからなくなるという考えによるものです。
【基礎収入】×【1-生活費控除】×【中間利息控除係数(ライプニッツ係数等)】
後遺症が生じた場合には、後遺症が生じた分労働能力が減少すると考えられていますので、逸失利益の問題になります。自賠責の後遺障害等級表を参考に、後遺障害の等級を決定し、基礎収入と就労可能年数に対応した中間利息控除係数(ライプニッツ係数等)を乗じて算定します。
後遺症の場合には、今後も生活していきますから、生活費は控除されません。
【基礎収入】×【労働能力喪失率】×【中間利息控除係数(ライプニッツ係数等)】
特に後遺障害の等級については、その等級によって金額が異なることから、よく裁判において争われます。
(2)治療費等の積極的損害
治療にかかって支出をした費用は損害となります。
例えば、治療費だけでなく、通院のためのタクシー代も損害に含まれます。
(3)慰謝料
3(2)で述べたような物理的な損害が生じていない場合には、慰謝料の問題になりますが、死亡や傷害が生じたとしても別途慰謝料という項目は立つと考えられています。
慰謝料とは、裁判官の裁量で決められるものですが(最判昭和47年6月22日判時473号41頁)、医療事故にかかる慰謝料については、交通事故の際に用いられる日弁連交通事故相談センター「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」)における慰謝料算定基準が参考にされることが多いです。
なお、仮にどのような治療を施したとしても死亡が避けられなかった(死亡との間にとしても、「患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うもの」(最判平成12年9月22日民集54巻7号2574頁)とされ、慰謝料の支払いをすることとなるとされています。
5 最後に
本記事では、医療過誤となる場合やその場合の法的責任について概観してきました。
ただ、一番大切なことは、医療事故を起こさないようにすることです。
ヒヤリ・ハット事例などを踏まえて、定期的に院内研修を実施したり、最新の知見を集めたりすることが大切でしょう。
医療事故が起きた時には、すぐに弁護士にご相談ください。